片づけなさい、と言ってしまう毎日
「ちゃんと片づけてほしい」
そう思って、つい「片づけなさい」と声をかけてしまう日々。
何度言っても動かないと、だんだんイライラしてしまって、
気づけば強い口調になっていることも。
本当は、穏やかに関わりたいのに…。
そんな自分に、落ち込むこともありました。
はじめまして。
私は4歳と2歳の男の子を育てる、元公立幼稚園教諭の藍野あきです。
日々の子育ての中で感じたことや、保育の現場での経験をもとに、
子どもとの関わりについて発信しています。
この記事では、いつもとは少し違って、最近感じたことをお話ししたいと思います。
ブルーイ「パパロボット」を観て

今日、何気なく観ていたアニメのブルーイで、少し考え方が変わる出来事がありました。
「パパロボット」というお話です。
片づけたくない子どもが、ロボットになったパパに「片づけて」とお願いするところから始まります。
でもそのロボット、「もう片づけはしない」と宣言する子どもを見て、なんと子どもたちを抱き上げ、ゴミ箱に捨てようとしてしまうんです。
「やめて!」と止めるために霧吹きで水をかけると、今度は故障。
ママも巻き込んで、リセットしたり修理したり…。気づけば家族みんなで大騒ぎです。
遠回りの中で、子どもは考えている
正直、観ながら思ってしまいました。
「いや、全然片づいてないやん」
でも、その“遠回り”の中で、子どもたちはたくさん考えていました。
「もう片づけはしない」と言ったことで起きたこと。
楽をしようとしていたこと。
そして最後には、子どもたちがこう言うんです。
「自分たちで片づけるから、ロボットは座って見てて!」
その場面を見たとき、ふと感じました。
「片づけなさい」と伝えることばかりに気を取られて、
一緒に関わることや、楽しむことを忘れていたかもしれないな、と。
実際にこの話を見ていると、「早く片づけたらいいのに」とは思わないんですよね。
それどころか、片づけなさいって怒っている自分が、なんだかあほらしくなってしまいました。
しかもこのパパ、こんなに全力でロボットになりきって子どもと関わっている一方で、
ロボットになる前は、冷蔵庫のアイスをひとりでバカ食いしているんです。
完璧な親なんていない。
そう思えて、なぜかその姿にホッとしました。
この回の最後には、片づけをする子どもたちの前で、パパとママがキスをする場面もありました。
思わず冷やかす子どもたち。
このシーンは感じ方が分かれるかもしれませんが、
こうした自然なやりとりも含めて、家族ってもっと自由で、ある意味ちょっとくらい“適当”でもいいのかもしれないな、と感じました。
親も「自分の時間」を持っていい

さらに、同じブルーイを観ていて、もうひとつ印象に残った場面がありました。
別の回「おやすみのひ」では、お母さんが「ちょっと走ってくる」と家を出て、
その間、子どもたちはパパと過ごします。
買い物や用事ではなく、
“お母さん自身がやりたいことのために出かける”という姿に、
「これでいいんだな」と、ふっと肩の力が抜けた気がしました。
子どものことを優先する毎日の中で、
つい自分のことは後回しにしてしまいがちですが、
親である前に、ひとりの人としての時間も大切にしていい。
そんなメッセージを受け取ったように感じました。
さらに印象に残ったのが、寝る前の場面です。
妹のビンゴが少し悲しそうな表情をしていたんです。
「見てほしかったタイミングで、パパが見てくれなかった」と。
それを聞いたママは、あえてその場でパパにバトンタッチ。
そのやりとりも、とても自然で印象的でした。
パパは優しく、どうしてそのとき見られなかったのかを伝えながら、
ビンゴが遊びの中でやっていた“銅像ごっこ”の話を、ゆっくりと一緒にたどっていきます。
姉のブルーイも加わり、やりとりは少しずつ広がっていきました。
するとビンゴは、だんだん表情がやわらいでいき、
最後には「実はその銅像、私だったの!」と、にこにこで話し始めます。
「えー!それは知らなかった!」と驚くパパ。
そのやりとりを見ていて、
ただ説明するのではなく、“一緒に遊びの中で気持ちに寄り添う関わり”のあたたかさを感じました。
ママがその場でパパに任せること。
パパが子どもの世界に入り込んで関わること。
どちらも、とても自然で、でも簡単なようで難しいことだなと感じました。
そして改めて、
子どもにとって“遊び”はただの遊びではなく、
その中で気持ちを整理したり、学んだりする、大切な時間なんだなと感じました。
遊びが、子どもの生活の中心にあるということ。
その大切さを、あらためて教えてもらった気がします。
“ちゃんとしなきゃ”を手放してみる
もちろん、毎回うまくいくわけではありません。
時間がない日もありますし、余裕がない日もあります。
これからも、怒ってしまう日だって何度もあると思います。
それでも、
「ちゃんとさせなきゃ」と力を入れすぎるよりも、
少しだけ肩の力を抜いて関わることで、見えるものもあるのかもしれません。
完璧に整った関わりじゃなくてもいい。
少しぐらい脱線してもいい。
そんなふうに思えるだけで、
毎日の子育てが少しやわらぐ気がします。
“いい親でいよう”と頑張りすぎなくても大丈夫。
完璧じゃなくても、
子どもと一緒に悩んだり、笑ったりしながら進んでいく。
そんな関わり方も、きっとひとつの形なんだと思います。


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